お名前 田中幸男さん 66歳 男性 / お仕事:無職

今から23年前のことでした。軽い腰痛のため家の近くの接骨院や整形外科病院へ通っておりました。ある日、病院の待合室でクシャミがでたその瞬間、腰に激 痛が走り、全く体を動かすことができなくなりました。幸い、隣にいた方が受付に連絡してくださり、すぐ看護師さんがストレッチャーを持って飛び込んで来て くれましたが、またそれに乗るため激痛との戦いの末、そのまま病室へ直行、これが腰痛との出会いでした。確か半月位は動けずベッド生活、次は歩行できず車 いす、そして手すりの伝い歩きでした。病名は「椎間板ヘルニア」治療内容は痛み止めのブロック注射や栄養剤の点滴と数多くののみ薬、夜寝る時は毎晩、腰を 引っ張る(牽引治療)ため重いおもりを左右各一個づつベットから吊り下げ、辛くて長い夜が続きました。勿論、水中や歩行のリハビリも毎日の日課になりまし た。

歩くためには何でも挑戦しましたが何の進展もなく10m位歩くと両足のふくらはぎがパンパンに張り、痛くて歩けませんでした。だんだん不安がつのり「この まま一生歩けないのでは?」と悲しくなり涙が出ました。やがて1ヶ月が過ぎたある日、新聞の広告欄で「腰痛よく黙っていたもんだ」「腰痛我慢すれば悪くな る」が目にとまり家内に購入してもらい病院のベットで何度も繰り返し読みました。本はイラストを多用し、とてもわかりやすく読みやすいものでした。

数日後、私はこの治療に賭け、病院から治療家(松永啓一先生、大府市)にすがる思いで2日後を電話予約、そして翌日、病院を退院しました。初めの頃は毎 日、名鉄、JR線を利用して1日がかりで家内同伴の通院となりました。整体のように痛いことはしないと聞いておりましたが、それでもとても不安でした。最 初先生の問診があり順次、頭から腰、手足の先まで約30分位かけ手と足のかかとで骨盤調整(仙腸関節)の施術、次にゴムバントの各種巻き方を教えていただ きました。施術時の痛い思いは全くありません、逆に体全身が軽くなったと覚えております。

早速、家でのゴムバンド運動がそして己との新しい戦いがまた始まりました。正直いって、本当にこれで直るのか?疑心暗鬼でした。通院は2週間位は毎日、そ の後は1日おき、2日おき、週2日、となり1ヶ月を過ぎたころから歩行距離が少しづつ伸びるのがわかるようになりました。

1ヵ月前を思えば、夢のような回復でとてもうれしく家内と一緒に喜びました。お陰様で徐々に元の生活を取り戻せるようになり、会社へも出勤できるようにな りました。それから2~3カ月後には好きなソフトボールもできるまでになり完全に社会復帰できました。勿論、ゴムバンド運動は23年過ぎた今でも続いてお ります。私にとって松永先生とゴムバンドは命の恩人です。



体のどこが痛くてもつらいですが、椎間板ヘルニアの激痛も本当に大変です。さらに、「一生このまま治らないのではないか?」という不安がいっそう痛みを強くしてしまうこともあるでしょう。

23年前のことですが、病院からのお電話、激痛でつらそうに通われたお姿は今でも覚えてします。治したい一心で治療に取り組まれた結果、治って本当によかったです。

先日、23年振りに来院されたので、体験談をお願いしたところ、快く書いていただきました。

ありがとうございました。